古典和歌stream

五月雨は行くべき道のあてもなし
小笹が原もうきに流れて

歌の意味
五月雨の頃は、行くべき道の見当もつかない。小笹の生える原までも、泥の湿地となって水に流されて。
鑑賞
夏歌 226

詞書は前の歌に続き「ある所に五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて」
 十五首の十二首目である。五月雨で一面が水に浸り、行くべき道の見当もつかない。ふだんは歩いて通れる小笹の原までも泥の湿地となり、水に流されている、と詠む。
 本巻の第二百十首で小笹の生える古里の野の道が沢になると詠んだのと、小笹と道とを取り合わせる点で重なっており、ここでは道そのものが見分けられなくなっている。

 初句「五月雨は」は、五月雨の頃は、の意で、「は」で取り立てている。
 二句「行くべき道の」は、進んで行くはずの道をいう。
 三句「あてもなし」は、見当もつかないことをいい、三句切れで、下の句と倒置になっている。
 四句「小笹が原も」は、小さな笹の生えた原をいう。
 結句「うきに流れて」の「うき」は泥深い湿地をいい、原が泥地となって水に流されているさまを示して、三句の理由を後から述べている。

あて:見当、目当て
うき:泥深い湿地
作者
西行
出典
山家集
前の歌
水なしと聞きてふりにし勝間田の 池改むる五月雨の頃
次の歌
五月雨は山田の畦の滝枕 数を重ねて落つるなりけり