水の音に暑さ忘るるまとゐかな
梢の蝉の声もまぎれて
- 歌の意味
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流れる水の音に暑さも忘れてしまう、楽しい集まりであることよ。梢で鳴く蝉の声も水音に紛れてしまって。
- 鑑賞
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夏歌 231
詞書「水辺納涼と云ふ事を、北白川にてよみける」
詞書から、北白川で「水辺納涼」の題を詠んだ時の歌であることがわかる。水辺に人々が集い、流れる水の音に暑さを忘れて語らう。梢でうるさく鳴く蝉の声さえも水音に紛れて聞こえない、と詠む。水音によって暑さと蝉の声が同時に消えていく涼しさを描いている。
前歌が隣の泉の水をすくう一人の涼を詠んだのに対し、この歌は人々が集う水辺の涼を詠んでおり、ひとりの涼と人々の涼とが対になっている。
初句「水の音に」は、流れる水の音によって、の意である。
二句「暑さ忘るる」は、暑さを忘れてしまうことをいう。
三句「まとゐかな」の「まとゐ」は人々が輪になって集まることで、詠嘆の「かな」で三句切れとなる。
四句「梢の蝉の」は、木の枝先で鳴く蝉をいう。
結句「声もまぎれて」は、蝉の声も水音に紛れて聞こえなくなって、の意で、三句の理由を後から添えている。
まとゐ:人々が輪になって集まること、団欒
こずゑ:木の枝の先
まぎる:入り混じって区別がつかなくなる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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風をのみ花なき宿は待ち待ちて 泉の末をまた掬ぶかな
- 次の歌
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杣人の暮れに宿借る心地して 庵を叩く水鶏なりけり