常よりも秋になるをの松風は
わきて身にしむ心地こそすれ
- 歌の意味
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いつもよりも、秋になる鳴尾の松風は、とりわけ身にしみる心地がすることだ。
- 鑑賞
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秋歌 257
詞書「初めの秋頃、鳴尾と申す所にて松風の音を聞きて」
詞書から、初秋の頃、鳴尾という所で松風の音を聞いて詠んだ歌であることがわかる。鳴尾は摂津国、今の兵庫県西宮市あたりの海辺の地で、松の名所として知られた。秋になったこの鳴尾の松風は、ふだんにもまして、とりわけ身にしみる、と詠む。
地名の「鳴尾」に「秋に成る」を掛け、旅先で耳にした松風の音を、秋の訪れの実感として詠んでいる。風によって秋を知る巻頭からの流れが、ここでは旅の地の松風に移っている。
初句「常よりも」は、いつもよりも、の意で、四句の「わきて身にしむ」にかかる。
二句「秋になるをの」の「なるを」は、「秋に成る」と地名の「鳴尾」を掛けた掛詞で、秋になった鳴尾の、の意となる。
三句「松風は」は、松の梢を吹く風で、その音を聞いている。「は」で取り立て、ほかの風とは違うことを示す。
四句「わきて身にしむ」の「わきて」は、とりわけ、の意で、秋風が身にしみるという感じを強めている。
結句「心地こそすれ」は、係助詞「こそ」を受けて已然形「すれ」で結ぶ係り結びで、そう感じられることを強めている。
なるを:「秋に成る」の「成る」と、摂津国の地名「鳴尾」を掛ける
まつかぜ:松の梢を吹きわたる風、またその音
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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秋立つと思ふに空もただならで われて光を分けん三日月
- 次の歌
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急ぎ起きて庭の小草の露踏まん やさしき数に人や思ふと