分けて入る庭しもやがて野辺なれば
萩の盛りを我がものに見る
- 歌の意味
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分けて入る庭そのものが、そのまま野辺になっているので、萩の盛りを自分だけのものとして見ることだ。
- 鑑賞
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秋歌 271
詞書「萩満野亭」
詞書「萩満野亭」は、萩が満ちた野にある住まいを詠む題である。草を分けて入っていく庭そのものが、萩の茂る野辺とそのまま続いているので、萩の盛りを自分の庭のもの、自分だけのものとして眺めることができる、と詠む。野の中の住まいならではの喜びを表している。
前歌が野を埋めつくす萩を詠んだのを受け、その野に住む者の立場から、萩の盛りを独り占めにする心を詠んでいる。
初句「分けて入る」は、草を分けて入っていく、の意で、萩が茂って道もないほどの庭のさまを示す。六音の字余りである。
二句「庭しもやがて」の「しも」は強意の副助詞、「やがて」はそのまま、の意で、庭そのものがそのまま、の意となる。
三句「野辺なれば」は、野辺であるので、と已然形に「ば」が付いた確定条件で、理由を示している。
四句「萩の盛りを」は、萩の花が最も美しく咲く時期をいう。
結句「我がものに見る」は、自分のものとして見る、の意で、野の萩を庭の萩として独り占めする喜びを表して結ぶ。
やがて:そのまま、すぐに
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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咲き添はん所の野辺にあらばやは 萩より外の花も見るべき
- 次の歌
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今日ぞ知るその江に洗ふ唐錦 萩咲く野辺にありけるものを