籬荒れて薄ならねど刈萱も
茂き野辺とも成りにけるものを
- 歌の意味
-
籬が荒れて、薄ではないけれども、刈萱もまた茂った野辺となってしまったことだなあ。
- 鑑賞
-
秋歌 275
詞書「古籬苅萱」
詞書「古籬苅萱」は、古びた垣根に生える刈萱を詠む題である。人の手入れがなくなって籬が荒れ果て、薄というわけではないが、刈萱もまた生い茂って、あたりはすっかり茂った野辺となってしまった、と詠む。荒れた住まいのさまを、生い茂る刈萱によって表している。
『古今和歌集』の御春有助の歌「君が植ゑしひとむら薄虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな」を本歌とし、本歌の薄を刈萱に置き換えて「薄ならねど」と言ったものである。なお本文の結句は「成りにけるものを」とあり、読み仮名の行の「なりけるものを」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「籬荒れて」は、竹や柴で編んだ垣根が手入れされずに荒れて、の意で、題の「古籬」に当たる。
二句「薄ならねど」は、薄ではないけれども、の意で、本歌の「ひとむら薄」を踏まえ、本歌とは違う草であることをことわっている。
三句「刈萱も」は、薄に似た秋草である刈萱もまた、の意で、題の「苅萱」に当たる。
四句「茂き野辺とも」は、本歌の「しげき野辺とも」をそのまま取った句で、草の茂った野辺とも、の意である。
結句「成りにけるものを」は八音の字余りで、「に」は完了、「けり」は詠嘆、「ものを」は詠嘆の終助詞である。すっかり野辺となってしまったことへの感慨を表して結ぶ。
かるかや:薄に似た秋草で、屋根を葺く材料などにした
まがき:竹や柴で目を粗く編んだ垣根
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
花薄心あてにぞ分けて行く ほの見し道の跡しなければ
- 次の歌
-
女郎花分けつる野辺と思はばや 同じ露にしぬると見てぞは