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寝覚めつつ長き夜かなといはれ野に
幾秋さても我が身経ぬらん

歌の意味
寝覚めを繰り返しては、長い夜だなあと言われる、この磐余野で、そうして幾秋をわが身は過ごしてきたのだろうか。
鑑賞
秋歌 293

詞書「野亭秋夜」
 詞書「野亭秋夜」は、野の中の住まいで過ごす秋の夜を詠む題である。夜中に何度も目を覚ましては、長い夜だなあとつぶやいてしまう、その磐余野の住まいで、そうやって幾度の秋を過ごしてきたのだろうか、と詠む。秋の夜長の寝覚めの寂しさに、過ぎてきた年月への思いを重ねている。
 「いはれ野」に、「長き夜かなと言はれ」と、大和国の歌枕「磐余野」とを掛けている。前の一連が秋の夕暮れを詠んだのを受け、ここでは夜の寝覚めへと時が移っている。

 初句「寝覚めつつ」の「つつ」は反復を表し、夜中に何度も目を覚まして、の意である。
 二句「長き夜かなと」は、長い夜だなあと、の意で、寝覚めのたびに夜の長さを嘆く言葉である。
 三句「いはれ野に」の「いはれ」は、「言はれ」と地名「磐余野」とを掛けた掛詞で、長い夜だと自然に口をついて言われる磐余野に、の意となる。
 四句「幾秋さても」の「さても」は、そのようにして、の意で、寝覚めを繰り返す秋をいくつ重ねてきたのか、と問うている。
 結句「我が身経ぬらん」の「ぬ」は完了、「らん」は現在推量の助動詞で、わが身は過ごしてきたのだろう、と過ぎた年月を思いやって結ぶ。

いはれの:「言はれ」と、大和国の歌枕「磐余野」を掛ける
ふ:時を過ごす、年月を経る
作者
西行
出典
山家集
前の歌
なにとなくものがなしくぞ見え渡る 鳥羽田の面の秋の夕暮
次の歌
おほかたの露には何のなるならん 袂に置くは涙なりけり