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庵に漏る月の影こそさびしけれ
山田は引板の音ばかりして

歌の意味
庵に漏れ入ってくる月の光こそ寂しいものだ。山の田では、鳥や獣を追う引板の音ばかりがしていて。
鑑賞
秋歌 303

詞書は前の歌に続き「人々秋歌十首詠みけるに」
 秋歌十首の一連の八首目である。粗末な庵の屋根や壁のすき間から漏れ入る月の光こそが寂しい、山の田では鳥や獣を追い払う引板の音ばかりが聞こえていて、と詠む。月の光と引板の音とによって、秋の山の田の庵のひっそりとした寂しさを描いている。
 前歌が山里に住む月を喜んだのに対し、この歌では同じ月の光が寂しさを深めるものとして詠まれており、月が山里の喜びと寂しさの両面をもたらすことが示されている。

 初句「庵に漏る」は、粗末な庵のすき間から漏れ入る、の意である。
 二句「月の影こそ」の「影」は光の意で、係助詞「こそ」は三句の已然形「さびしけれ」と係り結びをなす。
 三句「さびしけれ」は、係助詞「こそ」を受けて已然形で結び、寂しいものだ、と強めている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「山田は引板の」の「引板」は、板に竹の管などをつけ、縄で引いて鳴らし、田畑を荒らす鳥や獣を追い払う道具である。
 結句「音ばかりして」は、その音だけがして、の意で、ほかに人の気配もない寂しさを示して結ぶ。

ひた:縄を引いて鳴らし、田畑の鳥や獣を追い払う道具、鳴子
いほ:草木で造った粗末な小屋、庵
作者
西行
出典
山家集
前の歌
鹿の音を垣根にこめて聞くのみか 月もすみけり秋の山里
次の歌
わづかなる庭の小草の白露を 求めて宿る秋の夜の月