播磨潟灘のみ沖に漕ぎ出でて
あたり思はぬ月を眺めん
- 歌の意味
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播磨潟の灘の沖に舟を漕ぎ出して、あたりに遮るものを気にかけることのない月を眺めよう。
- 鑑賞
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秋歌 311
詞書は前の歌に続き「月」
前歌に続いて「月」の題で詠まれた歌である。播磨の海の灘の沖まで舟を漕ぎ出して、山の端も木の間も気にかけることなく、さえぎるもののない広い海の上で月を存分に眺めよう、と詠む。月を隠すものを厭う心が、ついには海上へと漕ぎ出そうとする願いになっている。
前歌までの雲を厭う歌を受け、この歌では雲だけでなく山の端などのあらゆる障りから離れて月を見ようとしている。次歌が「入る山の端はつらきなりけり」と月の沈む山の端を恨むのとも通じている。
初句「播磨潟」は、播磨国の海辺で、今の兵庫県南部の海をいう。
二句「灘のみ沖に」の「灘」は波が荒く航海の難しい海、「み」は接頭語で、灘の沖に、の意である。
三句「漕ぎ出でて」は、舟を漕いで沖へ出て、の意である。
四句「あたり思はぬ」は、まわりに遮るものを気にかけない、の意で、海の上では山の端も雲も気にせずに月を眺められることをいう。
結句「月を眺めん」の「ん」は意志の助動詞「む」で、月を眺めよう、と結んでいる。
なだ:波が荒く航海の難しい海
はりまがた:播磨国の海辺、今の兵庫県南部の海
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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いかばかりうれしからまし秋の夜の 月澄む空に雲なかりせば
- 次の歌
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いさよはで出づるは月のうれしくて 入る山の端はつらきなりけり