いさよはで出づるは月のうれしくて
入る山の端はつらきなりけり
- 歌の意味
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ためらうことなく出てくるときの月はうれしくて、月が入っていく山の端は恨めしいものであった。
- 鑑賞
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秋歌 312
詞書は前の歌に続き「月」
前歌に続いて「月」の題で詠まれた歌である。ためらうことなくすぐに出てくる月はうれしいが、その月が沈んでいく山の端は恨めしいものだ、と詠む。月の出と月の入りとを対比し、月への愛着を、山の端への恨みとして表している。
前歌が山の端などを気にせずに月を見ようと海に漕ぎ出す歌であったのを受け、ここでは月を隠す山の端そのものを恨んでいる。上の句の「出づる」と下の句の「入る」、「うれしく」と「つらき」がそれぞれ対になっている。
初句「いさよはで」の「いさよふ」は、ためらう、ぐずぐずする、の意で、打消の接続助詞「で」と合わせて、ためらわずに、の意となる。満月の翌夜の月が出るのをためらうとされたことを踏まえている。
二句「出づるは月の」は、出てくるときの月が、の意で、四句の「入る」と対になる。
三句「うれしくて」は、うれしくて、の意で、四句以下の「つらき」と対比されている。
四句「入る山の端は」は、月が沈んでいく山の稜線は、の意である。
結句「つらきなりけり」の「つらし」は、恨めしい、冷たい、の意で、「なりけり」は気づきの詠嘆である。
いさよふ:ためらう、進もうとして進まない
つらし:恨めしい、薄情である
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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播磨潟灘のみ沖に漕ぎ出でて あたり思はぬ月を眺めん
- 次の歌
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水の面に宿る月さへ入りぬるは 池の底にも山やあるらん