- 歌の意味
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清見潟の、月が澄みわたる空にかかる浮雲は、実は富士の高嶺から立ちのぼる煙なのであった。
- 鑑賞
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秋歌 319
詞書「海辺月」
詞書「海辺月」は、海辺で見る月を詠む題である。駿河国の清見潟で、月が澄みわたる空に浮雲がかかっていると思ったら、それは富士の高嶺から立ちのぼる煙であった、と詠む。海辺の月と富士の煙という雄大な景を一首に収めている。
富士の山が煙を上げるさまは古くから和歌に詠まれており、ここではそれを月の空にかかる浮雲と見まがうものとして描いている。清見潟の月は本巻の第三百二十四首でも詠まれ、名所の月を詠む歌が重ねられている。
初句「清見潟」は、駿河国の海岸、今の静岡市清水区のあたりで、清見関とともに知られた歌枕である。
二句「月澄む空の」は、月が澄んだ光を放つ空の、の意である。
三句「浮雲は」は、空に浮かんで漂う雲は、の意で、「は」で取り立て、結句でその正体を明かしている。
四句「富士の高嶺の」は、富士山の高い峰の、の意である。
結句「煙なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、浮雲と見えたものが富士の煙であったと気づいた驚きを表して結ぶ。
きよみがた:駿河国の海岸で、清見関とともに知られた歌枕
たかね:高い峰
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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月ならでさし入る影のなきままに 暮るるうれしき秋の山里
- 次の歌
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水錆ゐぬ池の面の清ければ 宿れる月もめやすかりけり