宿しもつ月の光のををしさは
いかにいへども広沢の池
- 歌の意味
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水面に宿して持っている月の光の堂々とした雄々しさは、何と言っても、やはり広沢の池である。
- 鑑賞
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秋歌 321
詞書「同じ心を、遍照寺にて人々詠みけるに」
詞書から、前歌と同じ「池上月」の題を、遍照寺で人々が詠んだ折の歌であることがわかる。遍照寺は嵯峨の広沢池のほとりにあった寺で、広沢池は月の名所として知られた。池が水面に宿している月の光の堂々とした雄々しさは、何と言っても、さすがは広沢の池である、と詠む。広々とした池に映る月の大きな景を讃えている。
前歌が池の清らかさを詠んだのに対し、この歌は広沢池の広さと、そこに映る月の雄大さを讃えている。地名の「広沢」の「広」の字が、池の広さを感じさせる。
初句「宿しもつ」は、水面に月の光を映して持っている、の意で、池を主語として擬人化している。
二句「月の光の」は、池に映った月の光の、の意である。
三句「ををしさは」は、雄々しさ、堂々としたさまは、の意で、広い池に映る月の光の力強さをいう。
四句「いかにいへども」は、どのように言おうとも、何と言っても、の意で、結句の広沢の池を強く讃えるために置かれている。
結句「広沢の池」は体言止めで、京の西、嵯峨にある月の名所の池を示して結ぶ。
ををし:雄々しい、堂々としている
ひろさはのいけ:京の西、嵯峨にある池で、月の名所として知られた
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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水錆ゐぬ池の面の清ければ 宿れる月もめやすかりけり
- 次の歌
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池に澄む月にかかれる浮雲は 払ひ残せる水錆なりけり