池に澄む月にかかれる浮雲は
払ひ残せる水錆なりけり
- 歌の意味
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池に澄んで映っている月にかかっている浮雲は、池の水錆を払い残したものなのであった。
- 鑑賞
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秋歌 322
詞書は前の歌に続き「同じ心を、遍照寺にて人々詠みけるに」
前歌に続いて、遍照寺で「池上月」の題を詠んだ折の歌である。池の水面に澄んで映っている月に、浮雲がかかって見えるのは、池の水錆を払い残したものなのであった、と詠む。水面の月にかかる雲の影を、池に残った水錆に見立てた機知の歌である。
本巻の第三百二十首が「水錆ゐぬ」池に映る月を詠んだのに対し、この歌はその水錆を月にかかる雲に見立てており、二首が呼応している。また「浮雲は〜なりけり」という形は、第三百十九首の「浮雲は富士の高嶺の煙なりけり」と同じで、浮雲の正体を明かす趣向が重なっている。
初句「池に澄む」は、池の水面に澄んで映る、の意である。
二句「月にかかれる」の「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、月にかかっている、の意である。
三句「浮雲は」は、本巻の第三百十九首の三句と同じで、「は」で取り立てて結句でその正体を明かしている。
四句「払ひ残せる」は、払い残した、の意で、池の水錆を払いきれずに残したものと見ている。
結句「水錆なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、浮雲が水錆であったと見立てて結ぶ。
みさび:水面に浮く錆のような汚れ
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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宿しもつ月の光のををしさは いかにいへども広沢の池
- 次の歌
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水なくて氷ぞしたる勝間田の 池あらたむる秋の夜の月