うちつけにまた来ん秋の今宵まで
月ゆゑ惜しくなる命かな
- 歌の意味
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にわかに、また巡って来る来年の秋の今宵まで生きていたいと、月のために惜しくなるわが命であるよ。
- 鑑賞
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秋歌 333
詞書は前の歌に続き「八月十五夜」
十五夜を詠む一連の五首目である。今宵の名月を見ていると、にわかに、また巡って来る来年の秋の今宵まで生きながらえてこの月を見たいと、月のために命が惜しくなってくる、と詠む。名月の美しさが、命への執着を呼び起こすさまを詠んでいる。
前歌までが十五夜の月そのものを讃えたのに対し、この歌は月を見る自分の命に目を向けている。月に心を寄せるあまり命が惜しくなるという心は、本巻の第四百三首の「ながらへずはと思ふなるかな」とも通じている。
初句「うちつけに」は、急に、にわかに、の意である。
二句「また来ん秋の」の「ん」は推量の助動詞「む」の連体形で、また巡って来るであろう秋の、の意である。
三句「今宵まで」は、来年の十五夜の今宵まで、の意である。
四句「月ゆゑ惜しく」の「ゆゑ」は、〜のために、の意で、月のために命が惜しくなる、の意である。
結句「なる命かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、惜しくなった自分の命への感慨を表して結ぶ。
うちつけ:急なさま、だしぬけ
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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さやかなる影にてしるし秋の月 とよにあまれる五日なりけり
- 次の歌
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秋はただ今宵一夜の名なりけり 同じ雲居に月は澄めども