秋はただ今宵一夜の名なりけり
同じ雲居に月は澄めども
- 歌の意味
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秋という名は、ただ今宵の一夜のためのものなのであった。同じ空に月はいつも澄んでいるけれども。
- 鑑賞
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秋歌 334
詞書は前の歌に続き「八月十五夜」
十五夜を詠む一連の六首目である。秋の月が美しいと言われるが、その名にふさわしいのは、ただ今宵の十五夜の一夜だけなのであった、同じ空に月はいつも澄んでいるけれども、と詠む。十五夜の月が秋のほかの夜の月とは比べものにならないことを、秋の名そのものが今宵のためにあると言って讃えている。
前歌が十五夜の月のために命を惜しんだのを受け、この歌は秋という季節の名までも今宵一夜に集めて、十五夜の月の特別さを強調している。
初句「秋はただ」は、秋というものはただ、の意で、二句以下へ続く。
二句「今宵一夜の」は、十五夜の今宵の一夜だけの、の意である。
三句「名なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、秋という名は今宵一夜のものであった、と言い切っている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「同じ雲居に」の「雲居」は空をいい、ほかの夜と同じ空に、の意である。
結句「月は澄めども」の「ども」は逆接の接続助詞で、月はいつも澄んでいるけれども、と倒置で後から補っている。
くもゐ:雲のある所、空
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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うちつけにまた来ん秋の今宵まで 月ゆゑ惜しくなる命かな
- 次の歌
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老いもせぬ十五の年もあるものを 今宵の月のかからましかば