厭ふ世も月澄む秋になりぬれば
ながらへずはと思ふなるかな
- 歌の意味
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いやだと思って厭うこの世でも、月の澄む秋になったので、生きながらえていなかったら、この月は見られなかったと思うことだ。
- 鑑賞
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秋歌 403
詞書は前の歌に続き「寄月述懐」
月に寄せて思いを述べる一連の三首目である。厭わしく思って捨てたはずのこの世でも、月の澄む秋になってみると、もし生きながらえていなかったら、この月を見ることはできなかったと思われてくる、と詠む。世を厭う心と、美しい月を見て生きていてよかったと思う心との間に揺れる思いを述べている。
前歌が世の中に望みを失った心を述べたのに対し、この歌は月によってこの世に生きる意味を見いだしている。本巻の第三百三十三首の、来年の名月まで生きたいと命が惜しくなる歌とも通じる。
初句「厭ふ世も」の「厭ふ」は、嫌う、いやがる、の意で、厭わしく思うこの世でも、の意である。
二句「月澄む秋に」は、月が澄みわたる秋に、の意である。
三句「なりぬれば」は、なったので、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
四句「ながらへずはと」は、生きながらえていなかったらと、の意で、「ずは」は打消の仮定を示す。
結句「思ふなるかな」は、そう思うことであるよ、の意で、「かな」で詠嘆して結んでいる。
ながらふ:生き続ける、長生きする
いとふ:嫌う、いやがる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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世の中は曇り果てぬる月なれや さりともと見し影も待たれず
- 次の歌
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さらぬだに浮かれてものを思ふ身の 心を誘ふ秋の夜の月