捨てていにし憂き世に月の澄まであれな
さらば心のとまらざらまし
- 歌の意味
-
捨てて去った憂き世に、月が澄まないでいてくれればよいのに。そうすれば、心がこの世に引きとどめられることもないだろうに。
- 鑑賞
-
秋歌 405
詞書は前の歌に続き「寄月述懐」
月に寄せて思いを述べる一連の五首目である。自分が捨てて去ったはずの憂き世に、月がこれほど美しく澄まないでいてくれればよいのに、そうすれば心がこの世に引きとどめられることもないだろうに、と詠む。出家してもなお、月の美しさゆえにこの世への執着を断ち切れない心を述べている。
本巻の第四百三首の、月を見て生きながらえたことを喜ぶ心を、ここでは反対に、月ゆえにこの世に心がとどまってしまうことの悩みとして詠んでいる。月への愛着と、世を捨てた者としての心とのせめぎ合いが表されている。
初句「捨てていにし」は六音の字余りで、捨てて去っていった、の意である。「いにし」は「去ぬ」に過去の助動詞「き」の連体形が付いた形である。
二句「憂き世に月の」は、つらいこの世に月が、の意である。
三句「澄まであれな」は六音の字余りで、澄まないでいてほしい、の意である。「な」は願望を表す終助詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「さらば心の」は、そうであるならば心が、の意である。
結句「とまらざらまし」の「まし」は反実仮想の助動詞で、心がこの世にとどまることもないだろうに、と結んでいる。
いぬ:去る、行ってしまう
うきよ:つらいことの多いこの世
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
さらぬだに浮かれてものを思ふ身の 心を誘ふ秋の夜の月
- 次の歌
-
あながちに山にのみ住む心かな 誰かは月の入るを惜しまぬ