- 歌の意味
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牡鹿の鳴く小倉山の裾が近いので、ただ独りここに住み、しみじみと澄みわたっていく私の心であることよ。
- 鑑賞
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秋歌 436
詞書「小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて」
詞書から、京の西、嵯峨の小倉山の麓に住んでいた折、鹿の鳴くのを聞いて詠んだ歌であることがわかる。牡鹿の鳴く小倉山の裾が近いので、その声を聞きながら、ただ独りこの地に住んで、心も澄みわたっていく、と詠む。山の麓の閑居に独り住む身の、鹿の声に澄まされていく心を見つめている。
「すむ」に「住む」と「澄む」とを掛けている。前歌が鹿の声に山里に住みたいと願ったのに対し、この歌は実際に小倉山の麓に住む身として鹿の声を聞いており、願いと実際の住まいとが二首で対応している。
初句「牡鹿鳴く」は、牡鹿が鳴く、の意で、二句の「小倉の山」にかかる。
二句「小倉の山の」は、京の西、嵯峨にある小倉山の、の意である。
三句「裾近み」は、裾が近いので、の意で、形容詞の語幹に「み」が付いて原因や理由を表している。
四句「ただ独りすむ」の「すむ」は、そこに「住む」意と、心が「澄む」意とを掛けた掛詞である。
結句「我が心かな」は、自分の心であることよ、と「かな」で詠嘆して結んでいる。
すむ:そこに住む意の「住む」と、心が澄む意の「澄む」を掛ける
をぐらやま:京の西、嵯峨にある山
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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なにとなく住ままほしくぞ思ほゆる 鹿あはれなる秋の山里
- 次の歌
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夜を残す寝覚めに聞くぞあはれなる 夢野の鹿もかくや鳴くらん