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眺むれば袖にも露ぞこぼれける
外面の小田の秋の夕暮

歌の意味
物思いにふけりながら眺めていると、袖にまで露がこぼれかかったことだ。家の裏手の田の、秋の夕暮れには。
鑑賞
秋歌 464

詞書「田家秋夕」
 詞書「田家秋夕」は、田舎の家の秋の夕暮れを詠む題である。家の裏手に広がる田の秋の夕暮れを、物思いにふけりながら眺めていると、袖にまで露がこぼれかかってきた、と詠む。田の夕暮れのしみじみとした寂しさに、思わず涙がこぼれたことを、袖の露として表している。
 二句と三句「袖にも露ぞこぼれける」は、本巻の第二百六十七首「折らで行く袖にも露ぞこぼれける」と同じ句である。第二百六十七首では萩の野道の露であったものが、ここでは秋の夕暮れの涙となっている。結句「秋の夕暮」は第二百八十九首からの秋の夕暮れの歌とも同じである。

 初句「眺むれば」は、物思いにふけりながら見つめていると、の意である。
 二句「袖にも露ぞ」の「も」は、草葉だけでなく袖にも、の含みをもち、係助詞「ぞ」は三句の「ける」と係り結びをなす。本巻の第二百六十七首の二句と同じである。
 三句「こぼれける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形で結び、露がこぼれかかったことに気づいた詠嘆を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「外面の小田の」の「外面」は家の裏手、「小田」は田の意で、「小」は接頭語である。
 結句「秋の夕暮」は体言止めで、題の「秋夕」に当たる景を示して結ぶ。

そとも:家の後ろ側、裏手
をだ:田、田んぼ
作者
西行
出典
山家集
前の歌
うち過ぐる人なき道の夕されば 声にて送るくつわ虫かな
次の歌
吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ 山田の庵の秋の夕暮