吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ
山田の庵の秋の夕暮
- 歌の意味
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吹き過ぎていく風までもが、とりわけ身にしみる。山の田の番小屋の、秋の夕暮れには。
- 鑑賞
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秋歌 465
詞書は前の歌に続き「田家秋夕」
前歌に続いて「田家秋夕」の題で詠まれた歌である。山の田の番小屋で迎える秋の夕暮れには、ただ吹き過ぎていく風までもが、とりわけ身にしみて感じられる、と詠む。人里離れた山の田の庵の寂しさを、身にしみる風によって表している。
前歌が田の夕暮れに涙をこぼしたのを受け、この歌は風の冷たさに身にしむ寂しさを詠み、二首ともに「秋の夕暮」で結ばれている。本巻の第二百五十七首の「わきて身にしむ」と同じく、秋風の身にしむ感覚を詠んでいる。
初句「吹き過ぐる」は、吹き過ぎていく、の意で、二句の「風」にかかる。
二句「風さへことに」の「さへ」は添加の副助詞で、ほかのものに加えて風までも、の意である。「ことに」はとりわけ、の意である。
三句「身にぞしむ」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「しむ」で結ぶ係り結びで、身にしみることを強めている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「山田の庵の」は、山の田を守る番小屋の、の意である。
結句「秋の夕暮」は体言止めで、前歌の結句と同じ句で結んでいる。
みにしむ:身にしみとおる、深く感じる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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眺むれば袖にも露ぞこぼれける 外面の小田の秋の夕暮
- 次の歌
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君が住む宿の坪をば菊ぞ飾る 仙の宮とやいふべかるらん