心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮
- 歌の意味
-
ものの情趣を解する心などないはずの、世を捨てたこの身にも、しみじみとしたあわれはおのずと感じられることだ。鴫が飛び立つ沢の秋の夕暮れよ。
- 鑑賞
-
秋歌 470
詞書「秋、ものへまかりける道にて」
詞書から、秋、ある所へ出かけていく道中で詠んだ歌であることがわかる。世を捨てて出家し、ものの情趣に心を動かすことなどないはずの自分の身にも、しみじみとしたあわれは自然と感じられる、鴫が飛び立っていく沢の秋の夕暮れよ、と詠む。出家の身でありながら、なお秋の夕暮れのあわれに心を動かされることへの感慨を表している。
『新古今和歌集』秋歌上に入集し、同集で並ぶ寂蓮の「さびしさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮」、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」とともに「三夕の歌」として名高い。本巻でも第二百八十九首から秋の夕暮れの歌が繰り返し詠まれてきたが、この歌はその代表とされる一首である。
初句「心なき」は、ものの情趣を解する心がない、の意で、出家して世俗の情を捨てた身であることをいう。
二句「身にもあはれは」の「も」は、心ある人だけでなくこの身にも、の意で、「あはれ」はしみじみとした情趣をいう。
三句「知られけり」の「れ」は自発の助動詞「る」の連用形で、おのずと感じられた、の意である。「けり」は気づきの詠嘆で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「鴫立つ沢の」は、鴫が飛び立っていく沢の、の意で、静寂の中に鴫の羽音が響くさまを思わせる。
結句「秋の夕暮」は体言止めで、あわれを感じさせた景を示して結ぶ。本巻の第二百八十九首などと同じ結句である。
しぎ:水辺に住む鳥で、秋の景物として詠まれた
こころなし:ものの情趣を解する心がない、また世俗の情を捨てている
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
ませなくは何をしるしに思はまし 月にまがよふ白菊の花
- 次の歌
-
立ち寄りて隣訪ふべき垣に添ひて ひまなく這へる八重葎かな