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常盤なる松の緑に神さびて
紅葉ぞ秋は朱の玉垣

歌の意味
いつも変わらない松の緑の中に神々しく古びて、秋には紅葉こそが、朱塗りの玉垣となっている。
鑑賞
秋歌 482

詞書「東へまかりけるに、しのぶの奥に侍りける社の紅葉を」
 詞書から、東国へ旅をした折、陸奥国の信夫の奥にあった社の紅葉を詠んだ歌であることがわかる。いつも変わらない常緑の松の緑に囲まれて、社は神々しく古びており、秋には紅葉が、まるで神社の朱塗りの玉垣のように社を取り巻いている、と詠む。松の緑と紅葉の紅との対比の中に、社の神々しさを描いている。
 松の常盤の緑と、秋にだけ色づく紅葉の朱とを取り合わせ、変わらないものと移ろうものとを一首の中に並べている。旅先の紅葉を詠んだ歌で、本巻の第四百十一首以下の旅の月の歌とも通じている。

 初句「常盤なる」は、いつまでも変わらない、の意で、二句の「松」にかかる。
 二句「松の緑に」は、常緑の松の緑の中に、の意である。
 三句「神さびて」の「神さぶ」は、神々しく古びる、の意で、社のたたずまいをいう。
 四句「紅葉ぞ秋は」は、紅葉こそが秋には、の意で、係助詞「ぞ」で紅葉を強く取り立てている。
 結句「朱の玉垣」は体言止めで、神社の周りの朱塗りの垣をいい、係助詞「ぞ」の結びの語が省かれた形で、紅葉を玉垣に見立てて結ぶ。

かむさぶ:神々しく古びる
たまがき:神社の周りの垣
あけ:赤い色、朱色
作者
西行
出典
山家集
前の歌
思はずによしある賤の住処かな 蔦の紅葉を軒に這はせて
次の歌
紅葉散る野原を分けて行く人は 花ならぬまた錦着るべし