大堰川井堰に淀む水の色に
秋深くなるほどぞ知らるる
- 歌の意味
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大堰川の井堰によどんでいる水の色によって、秋がどれほど深くなったかが、おのずと知られることだ。
- 鑑賞
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秋歌 484
詞書「秋の末に法輪にこもりて詠める」
詞書から、秋の末に嵯峨の法輪寺にこもって詠んだ歌であることがわかる。ここから同じ詞書のもとに四首が続く。法輪寺の前を流れる大堰川の、井堰によどんでいる水の色を見ると、紅葉が映り、また散り込んで、秋がどれほど深まったかがおのずと知られる、と詠む。川の水の色の中に、晩秋の深まりを読み取っている。
前の紅葉の歌々が山や野の紅葉を詠んだのに対し、この歌は紅葉を映し、紅葉の散り込む川の水の色に秋の深まりを見ている。法輪寺のある嵯峨は、小倉山や大堰川に近い紅葉の名所であった。
初句「大堰川」は、京の西、嵐山の麓を流れる川で、紅葉の名所として知られる。
二句「井堰に淀む」の「井堰」は、水を引くために川をせき止めた所で、そこに水がよどむさまをいう。
三句「水の色に」は六音の字余りで、水の色によって、の意である。
四句「秋深くなる」は、秋が深くなる、の意である。
結句「ほどぞ知らるる」の「るる」は自発の助動詞「る」の連体形で、係助詞「ぞ」を受けて結び、秋の深まりの程度がおのずと知られる、の意である。
ゐせき:田に水を引くために川の流れをせき止めた所
おほゐがは:京の西、嵐山の麓を流れる川
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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紅葉散る野原を分けて行く人は 花ならぬまた錦着るべし
- 次の歌
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小倉山麓に秋の色はあれや 梢の錦風に裁たれて