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小倉山麓に秋の色はあれや
梢の錦風に裁たれて

歌の意味
小倉山の麓に秋の色が満ちているのは、梢の紅葉の錦が、風に裁ち切られて散り落ちたからであろうか。
鑑賞
秋歌 485

詞書は前の歌に続き「秋の末に法輪にこもりて詠める」
 前歌に続いて、法輪寺にこもって詠んだ歌である。小倉山の麓には秋の色が満ちているが、それは梢を飾っていた紅葉の錦が、風に裁ち切られて麓に散り落ちたからであろうか、と詠む。梢から散って麓を彩る紅葉を、風に裁たれた錦に見立てている。
 「錦」と「裁つ」とを縁語として結びつけ、紅葉を布に見立てている。前歌が川の水の色に秋の深まりを見たのに対し、この歌は散り落ちて麓を彩る紅葉に、秋の終わりの近さを見ている。

 初句「小倉山」は、京の西、嵯峨にある山で、紅葉の名所として知られる。
 二句「麓に秋の」は、山の麓に秋の、の意である。
 三句「色はあれや」は六音の字余りで、秋の色があるのは、〜だからであろうか、の意で、已然形に疑問の「や」が付いている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「梢の錦」は、梢の紅葉を錦に見立てた表現である。
 結句「風に裁たれて」の「裁つ」は、布を切ること、の意で、錦の縁語である。紅葉が風に吹き散らされることを、錦が裁ち切られると見立てている。

たつ:布を切る、裁つ
作者
西行
出典
山家集
前の歌
大堰川井堰に淀む水の色に 秋深くなるほどぞ知らるる
次の歌
我がものと秋の梢を思ふかな 小倉の里に家居せしより