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我がものと秋の梢を思ふかな
小倉の里に家居せしより

歌の意味
自分のものとして、秋の梢の紅葉を思うことだ。小倉の里に住まいを構えてからというもの。
鑑賞
秋歌 486

詞書は前の歌に続き「秋の末に法輪にこもりて詠める」
 前歌に続いて、法輪寺にこもって詠んだ歌である。小倉の里に住まいを構えてからというもの、小倉山の秋の梢の紅葉を、まるで自分のもののように思うようになった、と詠む。紅葉の名所に住む身として、その紅葉を独り占めにするような親しみを表している。
 本巻の第二百七十一首で萩の盛りを「我がものに見る」と詠んだのと同じく、身近な自然を自分のものとして愛でる心を詠んでいる。また第四百三十六首で小倉山の麓に住んで鹿の声を聞いた歌とも通じ、小倉の里の住まいが重ねて詠まれている。

 初句「我がものと」は、自分のものとして、の意である。
 二句「秋の梢を」は、紅葉した秋の木々の梢を、の意である。
 三句「思ふかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、思うことだ、の意である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「小倉の里に」は、京の西、嵯峨の小倉山の麓の里に、の意である。
 結句「家居せしより」の「家居」は住まいを構えること、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、住まいを構えてから、と三句の理由を倒置で後に示している。

いへゐ:住まいを構えること、また住まい
作者
西行
出典
山家集
前の歌
小倉山麓に秋の色はあれや 梢の錦風に裁たれて
次の歌
山里は秋の末にぞ思ひ知る かなしかりけり木枯らしの風