山里は秋の末にぞ思ひ知る
かなしかりけり木枯らしの風
- 歌の意味
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山里の住まいのつらさは、秋の終わりにこそ身にしみて思い知る。悲しいものであったよ、木の葉を吹き散らす木枯らしの風は。
- 鑑賞
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秋歌 487
詞書は前の歌に続き「秋の末に法輪にこもりて詠める」
前歌に続いて、法輪寺にこもって詠んだ歌で、同じ詞書のもとの四首を結ぶ一首である。山里の住まいの寂しさは、秋の終わりにこそ身にしみて思い知られる、木の葉を吹き散らす木枯らしの風は、悲しいものであった、と詠む。紅葉を散らし冬の訪れを告げる木枯らしに、山里の秋の終わりの寂しさを捉えている。
『新勅撰和歌集』に入集している。結句「木枯らしの風」は次歌の結句と同じで、二首が木枯らしの風によって結びつき、秋の終わりを告げている。
初句「山里は」は、山里の住まいは、の意で、「は」で取り立てている。
二句「秋の末にぞ」は、秋の終わりにこそ、の意で、係助詞「ぞ」は三句の「知る」と係り結びをなす。
三句「思ひ知る」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形で結び、身にしみて思い知る、の意である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「かなしかりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、悲しいものであった、の意である。ここでも句切れとなる。
結句「木枯らしの風」は体言止めで、秋の終わりから冬にかけて木の葉を吹き散らす強い風を示して結ぶ。
こがらし:秋の終わりから冬にかけて木の葉を吹き散らす強い風
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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我がものと秋の梢を思ふかな 小倉の里に家居せしより
- 次の歌
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暮れ果つる秋の形見にしばし見ん 紅葉散らすな木枯らしの風