枯れ果つる萱が上葉に降る雪は
さらに尾花の心地こそすれ
- 歌の意味
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すっかり枯れてしまった萱の上葉に降り積もる雪は、もう一度尾花が咲いたような心地がすることだ。
- 鑑賞
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冬歌 528
詞書「枯野に雪の降りたりけるを」
詞書から、枯れ野に雪が降ったのを見て詠んだ歌であることがわかる。すっかり枯れてしまった萱の上の方の葉に雪が降り積もると、その白さが、秋の尾花がもう一度穂を出したように見える、と詠む。枯れ野に降る雪を、秋の薄の穂に見立てている。
本巻の第五百四十首と第五百四十一首も結句を「心地こそすれ」とし、雪を別のものに見立てている。雪を何かに見立てる歌が本巻で繰り返される。
初句「枯れ果つる」の「枯れ果つ」は、すっかり枯れてしまう、の意である。
二句「萱が上葉に」の「萱」は薄などの屋根を葺く草の総称で、「上葉」は草木の上の方の葉である。
三句「降る雪は」は、降る雪は、の意である。
四句「さらに尾花の」の「さらに」は、改めて、もう一度、の意で、「尾花」は薄の穂である。
結句「心地こそすれ」の「こそ」は強意の係助詞で、已然形「すれ」と係り結びをなしている。そのような心地がする、の意である。
かれはつ:すっかり枯れてしまう
かや:薄などの屋根を葺く草の総称
うはば:草木の上の方の葉
をばな:薄の穂
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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立ちのぼる朝日の影のさすままに 都の雪は消えみ消えずみ
- 次の歌
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たゆみつつ橇の早緒も付けなくに 積もりにけりな越の白雪