花も枯れ紅葉も散らぬ山里は
寂しさをまた訪ふ人もがな
- 歌の意味
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花も枯れ、散るべき紅葉ももう散ることのない冬の山里は、その寂しさを、花や紅葉のころのようにまた訪ねてくれる人がいればよいのになあ。
- 鑑賞
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冬歌 557
詞書「冬歌十首」
「冬歌十首」と題された十首の連作の一首目である。花はすでに枯れ、紅葉ももう散るものがなくなった冬の山里には、もはや人を呼ぶ景色もない。花や紅葉のころに人が訪れたように、今度はこの寂しさをこそ訪ねてくれる人がいればよいのに、と願う歌である。
本巻の第五百二十一首も結句を「訪ふ人もがな」とし、冬の月を見ているかと訪ねてくれる人を願っている。訪れる人を待つ心が、本巻で繰り返し詠まれている。
初句「花も枯れ」は、花も枯れて、の意で、春や秋の花がすでに枯れたことをいう。
二句「紅葉も散らぬ」は、紅葉も散らない、の意で、もう散るべき紅葉さえ残っていない冬のさまをいう。
三句「山里は」は、山里は、の意で、冬の山里を示している。
四句「寂しさをまた」の「また」は、花や紅葉のころと同じように再び、の意で、寂しさそのものを訪ねてほしいという趣向である。
結句「訪ふ人もがな」の「訪ふ」は訪ねる、見舞う、の意で、「もがな」は願望の終助詞である。本巻の第五百二十一首と同じ結句である。
とふ:訪ねる、見舞う
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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氷割る筏の棹のたゆければ 持ちや越さまし保津の山越え
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ひとり住む片山陰の友なれや 嵐に晴るる冬の山里