降り埋む雪を友にて春来ては
日を送るべき深山辺の里
- 歌の意味
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降り埋める雪を友として、春が来てからもなお日々を送ることになる、深山のほとりの里である。
- 鑑賞
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冬歌 568
詞書「仁和寺の御室にて、山家閑居見雪と言ふことを詠ませ給ひけるに」
詞書から、仁和寺の御室のもとで、「山家閑居見雪」という題で歌を詠ませなさった折の作であることがわかる。すべてを降り埋める雪を友として、春が来てからもなお、その雪とともに日々を送ることになる深い山のほとりの里である、と詠む。雪に閉ざされた山里の静かな住まいを、雪を友とする暮らしとして受け止めている。
次歌も結句を「深山辺の里」とし、雪に道を閉ざされた同じ里を詠んでおり、二首が同じ結句でつながっている。
初句「降り埋む」は、降って一面を埋める、の意である。
二句「雪を友にて」は、雪を友として、の意で、訪れる人もない住まいで雪を友とすることをいう。題の「見雪」に当たる。
三句「春来ては」は、春が来てからも、の意で、深い山では春になっても雪が残ることを示している。
四句「日を送るべき」の「べき」は推量や当然の助動詞で、日々を送ることになるはずの、の意である。
結句「深山辺の里」の「深山辺」は奥深い山のほとりのことで、体言止めで結ぶ。次歌と同じ結句である。
おむろ:仁和寺の門跡である法親王の敬称
みやまべ:奥深い山のほとり
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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山桜思ひよそへてながむれば 木ごとの花は雪まさりけり
- 次の歌
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訪ふ人は初雪をこそ分け来しか 道閉ぢてけり深山辺の里