年暮れてその営みは忘られて
あらぬさまなる急ぎをぞする
- 歌の意味
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年が暮れて、かつての年の暮れの営みは忘れられて、それとはまったく違ったさまの支度をしていることだ。
- 鑑賞
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冬歌 574
詞書「東山にて歳暮述懐」
詞書から、京の東山で年の暮れに思いを述べて詠んだ歌であることがわかる。年が暮れて、俗世にいたころの年の暮れの営みはすっかり忘れてしまい、今はそれとはまったく違ったさまの支度をしている、と詠む。出家して世を離れたのちの年の暮れを、かつての暮らしとの違いによって見つめている。
『玉葉和歌集』に入集している。前歌が新しい年を待つ山里の支度を詠んだのに対し、この歌は俗世とは異なる支度をする身を詠んでおり、年の暮れの支度を詠む歌が続いている。
初句「年暮れて」は、年が暮れて、の意である。
二句「その営みは」の「営み」は、仕事や行事の準備のことで、ここでは俗世にいたころの年の暮れの営みをいう。
三句「忘られて」の「れ」は自発の助動詞「る」の連用形で、自然と忘れられて、の意である。
四句「あらぬさまなる」の「あらぬさまなり」は、まったく違った様子である、の意である。
結句「急ぎをぞする」の「急ぎ」は準備、支度のことで、「ぞ」は強意の係助詞として連体形「する」と係り結びをなしている。
いとなみ:仕事、行事の準備
いそぎ:準備、支度
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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新しき柴の編み戸を立て替へて 年のあくるを待ちわたるかな
- 次の歌
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おしなべて同じ月日の過ぎゆけば 都もかくや年は暮れぬる