- 歌の意味
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いつか私も「昔の人」と言われるようになるのだろう。重なってゆく年を送っては迎えしながら。
- 鑑賞
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冬歌 577
詞書「常なきことに寄せて」
詞書から、世の無常に寄せて詠んだ歌であることがわかる。年を送っては新しい年を迎え、そうして年が重なっていくうちに、いつか自分も亡き人として「昔の人」と言われる日が来るのだろう、と詠む。年の暮れと新年の送り迎えに、自らの命の終わりを見つめている。
冬の部の巻末に置かれた一首である。本巻の巻頭の第四百九十一首が、紅葉を吹き散らす嵐によって秋の終わりと冬の始まりを示したのに対し、巻末のこの歌は、年の送り迎えによって一年の終わりと自らの命の終わりとを示しており、季節の終わりから人の世の無常へと思いを深めて巻を結んでいる。
初句「いつか我」の「いつか」は、いつの日か、の意で、「か」は係助詞として三句の連体形「べき」と係り結びをなしている。
二句「昔の人と」の「昔の人」は、亡くなった人、故人のことである。
三句「言はるべき」の「る」は受身の助動詞、「べき」は推量の助動詞の連体形で、言われることになるのだろう、の意である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「重なる年を」は、重なってゆく年を、の意で、年齢の積み重なりをいう。
結句「送り迎へて」の「送り迎ふ」は、去る年を送り、新しい年を迎えることで、三句までと倒置の関係にある。年の暮れの歌々を受けて、本巻を結んでいる。
むかしのひと:亡くなった人、故人
おくりむかふ:去る年を送り、新しい年を迎える
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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おのづから言はぬを慕ふ人やあると やすらふほどに年の暮れぬる
- 次の歌
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逢はざらんことをば知らで帚木の 伏屋と聞きて尋ね来にけり