逢ふことを忍ばざりせば道芝の
露より先におきて来ましや
- 歌の意味
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逢うことを人目に忍ぶのでなかったならば、道ばたの芝草に露が置くよりも先に起きて、帰って来たりしただろうか。
- 鑑賞
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恋歌 585
詞書は前の歌に続き「後朝」
人目を忍ぶ恋であるからこそ、夜明け前のまだ露も置かないうちに起き出して帰って来なければならなかった、と詠む後朝の歌である。もし忍ぶ必要がなければ、こんなに早く起きて帰ることもなかったのに、と反実仮想によって忍ぶ恋のつらさを表している。「おき」に露が置く意と自分が起きる意とを掛けている。
前歌と同じ題で、前歌が明けてゆく空を恨んだのに対し、この歌は明ける前に起きて帰るほかない忍ぶ恋の身の上を嘆いている。
初句「逢ふことを」は、恋人と逢うことを、の意である。
二句「忍ばざりせば」の「せば」は反実仮想の条件で、人目を忍ぶのでなかったならば、の意である。結句の「まし」と呼応している。
三句「道芝の」の「道芝」は道ばたに生える芝草で、帰り道の情景を示している。
四句「露より先に」は、露が置くよりも先に、の意で、まだ夜の明けきらない早い時刻をいう。
結句「おきて来ましや」の「おき」は、露が置く意と、自分が起きる意とを掛けた掛詞である。「まし」は反実仮想、「や」は反語で、起きて帰って来ただろうか、いや来なかっただろう、と結ぶ。
みちしば:道ばたに生える芝草
おく:露が置く意と、寝床から起きる意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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今朝よりぞ人の心はつらからで 明けはなれゆく空を恨むる
- 次の歌
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さらぬだに帰りやられぬしののめに 添へて語らふ郭公かな