物思ふ袖にも月は宿りけり
濁らで澄める水ならねども
- 歌の意味
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物思いに濡れる袖にも、月は宿るのであった。濁らずに澄んでいる水ではないけれども。
- 鑑賞
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恋歌 632
詞書は前の歌に続き「月」
月は澄んだ水にこそ映るものだが、物思いの涙に濡れたこの袖にも宿るのだった、と詠む。袖の涙は澄んだ水ではないけれども、と言い添えることで、恋に乱れた心の濁りを自覚しつつ、それでも宿ってくれる月への感慨を表している。
前歌が涙の浦に宿る月を詠んだのを受け、この歌も袖の涙に宿る月を詠み、澄んだ水と濁った涙との対比を加えている。
初句「物思ふ」は、物思いをする、恋に思い悩む、の意である。
二句「袖にも月は」は、袖にも月は、の意で、題の「月」に当たる。
三句「宿りけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、宿るのであった、の意である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「濁らで澄める」の「で」は打消の接続助詞で、濁らずに澄んでいる、の意である。「澄む」に月の縁がある。
結句「水ならねども」は、水ではないけれども、の意で、上の句に返る倒置となっている。
にごる:濁る
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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忍び音の涙たたふる袖のうらに なづまず宿る秋の夜の月
- 次の歌
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恋しさを催す月の影なれば こぼれかかりてかこつ涙か