あやめつつ人知るとてもいかがせん
忍びはつべき袂ならねば
- 歌の意味
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人が怪しんで、この恋を知られてしまうとしても、どうしようもない。最後まで忍び通せるような袂ではないのだから。
- 鑑賞
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恋歌 660
詞書は前の歌に続き「恋」
涙に濡れる袂を見て人が怪しみ、恋していることを知られてしまうとしても、もうどうしようもない。この袂は、最後まで忍び通せるようなものではないのだから、と詠む。隠そうとしても隠しきれない恋の涙を、開き直るような口調で表している。
本巻の第五百八十首で、人が怪しむほど袖が濡れることを案じていたのに対し、この歌ではもはや知られてもかまわないと開き直っており、同じ「あやむ」の語を用いて忍ぶ恋の段階の違いを見せている。
初句「あやめつつ」の「あやむ」は、怪しむ、不審に思う、の意で、人が怪しみながら、ということである。
二句「人知るとても」は、人が知るとしても、の意である。
三句「いかがせん」は、どうしようか、どうしようもない、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「忍びはつべき」の「忍びはつ」は、最後まで隠し通す、の意である。
結句「袂ならねば」は、袂ではないので、の意で、上の句の理由を示す倒置となっている。
あやむ:怪しむ、不審に思う
しのびはつ:最後まで隠し通す
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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何ゆゑか今日まで物を思はまし 命にかへて逢ふ世なりせば
- 次の歌
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涙川深く流るるみをならば 浅き人目につつまざらまし