おぼつかな何の報いの帰り来て
心責むるあだとなるらん
- 歌の意味
-
気がかりなことだ。前世のどんな行いの報いがめぐって来て、心を責めさいなむ仇となっているのだろうか。
- 鑑賞
-
恋歌 678
詞書は前の歌に続き「恋」
これほど心を責めさいなむ恋の苦しみは、前世でのどのような行いの報いがめぐって来て、仇となっているのだろうか、と詠む。恋の苦しみの原因を前世の因縁に求める、仏教的な因果応報の考えを踏まえている。
本巻の第六百六十七首でも報いを詠んでおり、そこでは相手に報いがめぐることを、この歌では自分に報いがめぐってきていることを詠み、報いの向きが反転している。
初句「おぼつかな」は、気がかりだ、心もとない、の意の「おぼつかなし」の語幹で、詠嘆を表す。ここで句切れとなる初句切れの歌である。
二句「何の報いの」の「報い」は、前世の行いに応じて受ける結果のことである。
三句「帰り来て」は、めぐって来て、の意である。
四句「心責むる」は、心を責めさいなむ、の意である。
結句「あだとなるらん」の「あだ」は仇、敵のことで、「らん」は原因推量である。仇となっているのだろうか、と結ぶ。
むくい:行いに応じて受ける結果
あだ:仇、敵
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
かかる身におほし立てけんたらちねの 親さへつらき恋もするかな
- 次の歌
-
かき乱る心休めぬ言種は あはれあはれと嘆くばかりか