身を知れば人のとがには思はぬに
恨み顔にも濡るる袖かな
- 歌の意味
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身のほどを知っているので、あの人のせいだとは思わないのに、まるで恨んでいるような顔つきで、涙に濡れる袖であることよ。
- 鑑賞
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恋歌 680
詞書は前の歌に続き「恋」
自分の身のほどをよく知っているので、恋が叶わないのをあの人のせいだとは思っていない。それなのに袖は、まるで相手を恨んでいるかのような顔つきで、涙に濡れている、と詠む。心では相手を責めないつもりでも、涙が恨みを表してしまうことを、袖を擬人化して描いている。
本巻の第六百二十八首の「かこち顔なるわが涙」と同じく、涙や袖に顔を与える表現を用いている。
初句「身を知れば」は、身のほどを知っているので、の意である。
二句「人のとがには」の「とが」は、罪、過ち、の意で、あの人のせいだとは、ということである。
三句「思はぬに」の「に」は逆接で、思わないのに、の意である。
四句「恨み顔にも」の「恨み顔」は、恨んでいるような顔つきのことで、袖を擬人化している。
結句「濡るる袖かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、涙に濡れる袖を嘆いて結ぶ。
とが:罪、過ち
うらみがほ:恨んでいるような顔つき
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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かき乱る心休めぬ言種は あはれあはれと嘆くばかりか
- 次の歌
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なかなかに馴るるつらさに比ぶれば 疎き恨みはみさをなりけり