東路やあひの中山ほど狭み
心の奥の見えばこそあらめ
- 歌の意味
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東国へ向かう道のあいの中山は道幅が狭いので、人は近く寄り合うけれども、たとえ近く逢っても、心の奥まで見えるのならばよいのだが、見えはしない。
- 鑑賞
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恋歌 695
詞書は前の歌に続き「恋」
東国へ向かう道にある「あひの中山」は、道幅が狭いので、行き交う人が間近に寄り合う。しかし、いくら近くで逢ったとしても、相手の心の奥まで見えるのならばよいが、それは見えないのだ、と詠むものと解される。「あひ」に地名と逢う意とを掛け、近くにいても心の通わない恋の嘆きを表している。
初句「東路や」の「東路」は、京から東国へ向かう道のことで、「や」は詠嘆を表す。
二句「あひの中山」の「あひ」は、東国への道にある山の名と、逢う意とを掛けた掛詞である。
三句「ほど狭み」の「み」は原因や理由を表す接尾語で、道幅が狭いので、の意である。
四句「心の奥の」は、心の奥底が、の意で、東路の縁で「奥」の語を用いている。
結句「見えばこそあらめ」は、見えるのならばよいが、の意で、係助詞「こそ」と已然形「め」が係り結びをなし、見えはしないという意を言外に込めて結ぶ。
あづまぢ:京から東国へ向かう道
あひ:山の名と、逢う意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
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瀬戸口にたける潮の大淀み 淀む年日もなき涙かな
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