空になる心は春の霞にて
世にあらじとも思ひたつかな
- 歌の意味
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上の空になってしまう心は春の霞のようで、霞が立つように、この世にはいるまいと思い立つことだ。
- 鑑賞
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雑歌 723
詞書「世にあらじと思ひ立ちけるころ、東山にて、人々、寄霞述懐といふ事をよめる」
世を捨てて出家しようと思い立った頃、東山で人々が「寄霞述懐」の題で歌を詠んだ折の作である。上の空になった心を空に立ちのぼる春の霞にたとえ、霞が立つように、この世にはとどまるまいと思い立つ、と詠む。出家を前にした西行の心の高ぶりがうかがえる一首である。
初句「空になる」は、心が上の空になる、の意で、春の霞が空にかかることにも通じている。
二句「心は春の」は、心は春の、の意で、三句の「霞」へと続く。
三句「霞にて」は、霞であって、の意で、心を春の霞にたとえている。題の「霞」に当たる。
四句「世にあらじとも」の「じ」は打消意志の助動詞で、この世にはいるまい、の意である。詞書の「世にあらじと思ひ立ち」をそのまま歌に詠み込んでいる。
結句「思ひたつかな」の「たつ」は、霞が立つ意と、思い立つ意とを掛けた掛詞である。「かな」の詠嘆で結ぶ。
たつ:霞が立つ意と、思い立つ意を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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世の憂さを昔語りになし果てて 花橘に思ひ出でめや
- 次の歌
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世を厭ふ名をだにもさは留めおさて 数ならぬ身の思ひ出にせん