秋の色は枯野ながらもあるものを
世のはかなさや浅茅生の露
- 歌の意味
-
秋の色は枯れ野になってもなお残っているものなのに、世のはかなさは、浅茅の原に置く露のようであることよ。
- 鑑賞
-
雑歌 767
詞書は前の歌に続き「題しらず」
秋の色は野が枯れてしまってもなお残っているのに、世のはかなさは、浅茅の原に置く露のようにたちまち消えてしまう、と詠む。枯れ野にも残る秋の色と、たちまち消える露とを対比させ、人の世のはかなさを強調している。
初句「秋の色は」は、秋の色合いは、の意で、六音の字余りである。
二句「枯野ながらも」は、枯れ野になっても、の意である。
三句「あるものを」の「ものを」は逆接の接続助詞で、あるものなのに、の意である。
四句「世のはかなさや」の「や」は詠嘆の間投助詞で、第七百五十六首の二句と同じ「世のはかなさ」の語で一連の主題を受けている。
結句「浅茅生の露」は体言止めで、浅茅の原に置く露にはかなさをたとえて結ぶ。
あさぢふ:丈の低い茅が生えている所
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
あればとて頼まれぬかな明日はまた 昨日と今日を言はるべければ
- 次の歌
-
年月をいかで我が身に送りけん 昨日の人も今日はなき世に