- 歌の意味
-
鳥辺野よ、ここは鷲の峰の末に連なる地なのであろう。火葬の煙を分けて出てくる月の光であることよ。
- 鑑賞
-
雑歌 776
詞書「鳥辺山にてとかくのわざしける煙の中より、夜更けて出でける月のあはれに見えければ」
鳥辺山で葬送を行っていた火葬の煙のなかから、夜が更けて出てきた月がしみじみと見えたので詠んだ歌である。鷲の高嶺は釈迦が法華経を説いた霊鷲山のことで、月は仏の悟りの象徴とされた。火葬の煙を分けて出る月を見て、この鳥辺野も霊鷲山の末に連なる地なのだろう、と詠み、死者が仏の光に迎えられることを願っている。
初句「鳥辺野や」の「鳥辺野」は京の東山の火葬の地で、「や」は詠嘆の間投助詞である。
二句「鷲の高嶺の」の「鷲の高嶺」は、釈迦が説法した霊鷲山のことである。
三句「末ならん」は、その末に連なる地なのであろう、の意である。ここで句切れとなる。
四句「煙を分けて」の「煙」は火葬の煙で、詞書の「とかくのわざしける煙」を受けている。
結句「出づる月影」は体言止めで、煙を分けて現れる月の光で結ぶ。月は仏の悟りを象徴している。
わしのたかね:釈迦が説法した霊鷲山
とかくのわざ:葬送のさまざまな儀式
- 作者
-
西行
- 出典
-
山家集
- 前の歌
-
その折の蓬が下の枕にも かくこそ虫の音には睦れめ
- 次の歌
-
はかなくて過ぎにし方を思ふにも 今もさこそは朝顔の露