広むらん法には逢はぬ身なりとも
名を聞く数に入らざらめやは
- 歌の意味
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あなたが広めようとしている仏法の場に居合わせない身であっても、その評判を聞く人々の数に入らないことがあろうか。
- 鑑賞
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雑歌 856
詞書「寂超入道談義すと聞きて遣はしける」
寂超入道が仏法の講義をすると聞いて贈った歌である。寂超は藤原為経の法名で、寂然の兄にあたる。あなたが広める仏法の講義には居合わせられない身であっても、その評判を聞く人々の数には入らないことがあろうか、と詠み、遠くから講義の成就を祝っている。
初句「広むらん」は、広めるであろう、の意で、寂超が仏法を説くことをいう。
二句「法には逢はぬ」は、仏法の講義には居合わせない、の意である。
三句「身なりとも」の「とも」は逆接仮定の接続助詞で、身であっても、の意である。
四句「名を聞く数に」は、評判を聞く人々の数に、の意である。
結句「入らざらめやは」の「めやは」は反語で、入らないことがあろうか、きっと入る、と結ぶ。
だんぎ:仏典の意味を説き聞かせること
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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さし入らで雲路をよきし月影は 待たぬ心ぞそらに見えける
- 次の歌
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伝へ聞く流れなりとも法の水 汲む人からや深くなるらん