いにしへに漏れけんことの悲しさは
昨日の庭に心ゆきにき
- 歌の意味
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釈迦の説法の昔に漏れてしまったであろうことの悲しさは、昨日の法会の庭で心が晴れ、満たされたことだ。
- 鑑賞
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雑歌 861
詞書「人に代はりて、これも遣はしける」
前歌と同じく勝命の法会の翌日に、ある人に代わって贈った歌である。釈迦の説法の座に連なることができなかった昔の悲しさも、昨日の法会の庭で晴れ、心が満たされた、と詠む。前歌と同じく、法会を釈迦の説法の場に重ねてたたえている。
初句「いにしへに」は、昔に、の意で、釈迦の在世の時をいう。前歌の「昔」を受けている。
二句「漏れけんことの」は、その場に漏れてしまったであろうことの、の意で、「けん」は過去推量の助動詞である。
三句「悲しさは」は、悲しさは、の意である。
四句「昨日の庭に」は、昨日の法会の庭に、の意で、前歌の「法の庭」を受けている。
結句「心ゆきにき」の「心ゆく」は、心が満ち足りる、晴れる意で、「にき」は完了と過去の助動詞である。
こころゆく:心が満ち足りる、晴れる
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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連なりし昔に露も変はらじと 思ひ知られし法の庭かな
- 次の歌
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消えぬべき法の光の灯火を かかぐる和田の泊りなりけり