これやさは年積もるまで樵りつめし
法にあふごの薪なりける
- 歌の意味
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これがそれなのか、年が積もるまで樵り集めて、仏法に出会うために天秤棒で担った薪というのは。
- 鑑賞
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雑歌 884
詞書は前の歌に続き「提婆品」
前歌に続いて提婆達多品を題とした歌である。この品には、釈迦が前世で国王であったとき、法華経を聞くために仙人に仕え、薪を採り、木の実を摘み、水を汲むなどして長い年月を過ごしたことが説かれる。これがそれなのか、年が積もるまで樵り集め、仏法に出会うために担った薪というのは、と詠み、法華経を得るための釈迦の苦行をしのんでいる。
初句「これやさは」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなしている。これがそれなのか、の意である。
二句「年積もるまで」は、長い年月が積もるまで、の意である。
三句「樵りつめし」は、樵り集めた、の意である。
四句「法にあふごの」の「あふご」は、仏法に逢う意と、物を担う天秤棒の意の「朸」とを掛けた掛詞である。
結句「薪なりける」は、薪であったのか、の意で、係助詞「や」の結びの連体形で結ぶ。
あふご:物を担う天秤棒、逢ふ意を掛ける
こる:木を切る
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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いさぎよき玉を心に磨き出でて いはけなき身に悟りをぞ得し
- 次の歌
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いかにしてきくことのかくやすからん あだに思ひて得ける法かは