いかにしてきくことのかくやすからん
あだに思ひて得ける法かは
- 歌の意味
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どうして今、法華経を聞くことがこれほどたやすいのだろう。釈迦がいい加減に思って得た法ではないのに。
- 鑑賞
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雑歌 885
詞書は前の歌に続き「提婆品」
提婆達多品を題とした三首目である。釈迦が長い年月の苦行によってようやく得た法華経を、今の自分たちはどうしてこれほどたやすく聞くことができるのだろう、決していい加減な気持ちで得た法ではないのに、と詠む。前歌の苦行を受け、たやすく教えに接することのできるありがたさを述べている。
初句「いかにして」は、どうして、の意である。
二句「きくことのかく」は、聞くことがこのように、の意で、六音の字余りである。
三句「やすからん」は、たやすいのだろう、の意である。ここで句切れとなる。
四句「あだに思ひて」は、いい加減に思って、の意である。
結句「得ける法かは」の「かは」は反語で、得た法であろうか、いやそうではない、と結ぶ。
あだ:いい加減、むなしい
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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これやさは年積もるまで樵りつめし 法にあふごの薪なりける
- 次の歌
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天雲の晴るるみ空の月影に 恨み慰む姨捨の山