- 歌の意味
- 霊鷲山の月が沈んでしまったと見る人は、暗闇に迷っている心なのであった。
- 鑑賞
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雑歌 888
詞書「寿量品」
法華経の如来寿量品を題とした歌である。この品では、仏の寿命は実は永遠であって、入滅したように見えるのは人々を導くための方便にすぎないと説かれる。霊鷲山の月、すなわち釈迦が沈んでしまったと見る人は、暗闇に迷っている心なのだ、と詠み、仏の永遠の存在を述べている。
初句「鷲の山」は、釈迦が法華経を説いた霊鷲山である。
二句「月を入りぬと」は、月が沈んでしまったと、の意で、釈迦の入滅をたとえている。
三句「見る人は」は、そう見る人は、の意である。
四句「暗きに迷ふ」は、暗闇に迷う、の意で、二句の「月」と対になっている。
結句「心なりけり」の「なりけり」は気づきの詠嘆で、心なのであった、と結ぶ。
わしのやま:釈迦が説法した霊鷲山
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- いかにして恨みし袖に宿りけん 出でがたく見し有明の月
- 次の歌
- 悟り得し心の月の現れて 鷲の高嶺にすむにぞありける