鷲の山誰かは月を見ざるべき
心にかかる雲し晴れなば
- 歌の意味
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霊鷲山の月を、誰が見ないことがあろうか。心にかかる雲さえ晴れたならば。
- 鑑賞
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雑歌 891
詞書「一心欲見仏の文を人々よみけるに」
題は、法華経寿量品の「一心に仏を見たてまつらんと欲す」という文で、人々がこれを題に歌を詠んだ折の作である。心にかかる迷いの雲さえ晴れたならば、霊鷲山の月、すなわち仏を見ない者などいない、と詠む。寿量品を題とした前の三首に続き、仏を見たいと一心に願うことの大切さを述べている。
初句「鷲の山」は、霊鷲山をいう。
二句「誰かは月を」の「かは」は反語の係助詞で、三句の「べき」と係り結びをなしている。
三句「見ざるべき」は、見ないことがあろうか、いや誰もが見る、の意である。ここで句切れとなる。
四句「心にかかる」は、心に覆いかかる、の意である。
結句「雲し晴れなば」の「し」は強めの副助詞で、雲さえ晴れたならば、と倒置によって三句を受けて結ぶ。
わしのやま:釈迦が説法した霊鷲山
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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雲晴るる鷲の御山の月影を 心澄みてや君眺むらん
- 次の歌
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行く末のためにと説かぬ法ならば 何か我が身に頼みあらまし