散り敷きし花のにほひの名残多み
立たま憂かりし法の庭かな
- 歌の意味
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一面に散り敷いた花の美しさの名残が多いので、立ち去るのがつらかった法会の庭であることよ。
- 鑑賞
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雑歌 893
詞書「普賢品」
法華経の最後の品である普賢菩薩勧発品を題とした歌である。この品では、普賢菩薩が多くの菩薩とともに来て、法華経を保つ人を守ると誓ったことが説かれ、法華経の説法が終わる。一面に散り敷いた花の美しさの名残が多いので、立ち去るのがつらかった法会の庭である、と詠み、法華経の説法の終わりを惜しむ心を述べている。
法華経の諸品を題とした一連の結びにあたり、第八百七十七首の序品の歌で天から散った花を、名残の花として受けて閉じている。
初句「散り敷きし」は、一面に散り敷いた、の意で、第八百七十七首の初句「散りまがふ」に対応している。
二句「花のにほひの」は、花の美しさの、の意で、第八百七十七首の二句と同じ語句である。
三句「名残多み」は、名残が多いので、の意で、形容詞の語幹に「み」が付いて理由を表す。
四句「立たま憂かりし」の「まうし」は、〜するのが気が進まない、の意で、立ち去るのがつらかった、の意である。
結句「法の庭かな」の「法の庭」は法会の場の意で、「かな」の詠嘆で結ぶ。第八百七十七首の「法の筵」と呼応している。
まうし:〜するのが気が進まない、つらい
のりのには:法会の場
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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行く末のためにと説かぬ法ならば 何か我が身に頼みあらまし
- 次の歌
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何事もむなしき法の心にて 罪ある身とは露も思はじ