神楽歌に草取り飼ふはいたけれど
なほその駒になることは憂し
- 歌の意味
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神楽歌に、草を取って駒に飼うと歌われるのは趣深いけれども、やはりその駒に生まれ変わることはつらい。
- 鑑賞
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雑歌 899
詞書は前の歌に続き「六道歌よみけるに:畜生」
六道の歌の三首目で、畜生道の歌である。神楽歌の「其駒」には、駒が草を求め、草を取って飼おうと歌う一節がある。神楽歌に草を取って駒に飼うと歌われるのは趣深いけれども、やはりその駒、すなわち畜生に生まれ変わることはつらい、と詠む。
初句「神楽歌に」は、神楽で歌われる歌に、の意で、六音の字余りである。
二句「草取り飼ふは」は、草を取って飼うのは、の意で、神楽歌「其駒」の詞章を踏まえている。
三句「いたけれど」の「いたし」は、趣深い、すばらしい、の意で、すばらしいけれども、の意である。
四句「なほその駒に」は、やはりその駒に、の意で、神楽歌の「其駒」の語を取り入れている。
結句「なることは憂し」は、生まれ変わることはつらい、と結ぶ。
かぐらうた:神楽で歌われる歌
いたし:すばらしい、趣深い
こま:馬、若い馬
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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朝夕の子を養ひにすと聞けば 苦にすぐれても悲しかるらん
- 次の歌
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よしなしな争ふことを楯にして 怒りをのみも結ぶ心は