- 歌の意味
- わが身のつらさを逃れる隠れ家にしようという山里には、心構えをもって住むべきであったのだ。
- 鑑賞
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雑歌 910
詞書は前の歌に続き「五首述懐」
五首の三首目である。わが身のつらさを逃れる隠れ家として住む山里には、それなりの心構えをもって住むべきであった、と詠む。前歌で深い山を逃れ場所としたのを受けて、ただ逃れるだけでなく、確かな心をもって山里に住むことの大切さを述べている。
初句「身の憂さの」は、わが身のつらさの、の意で、第九百八首の初句と同じ語である。
二句「隠れ家にせん」は、隠れ家にしよう、の意である。
三句「山里は」は、山里には、の意で、前歌の「深き山」を受けている。
四句「心ありてぞ」は、心構えをもって、の意である。「ぞ」は係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなしている。
結句「住むべかりける」は、住むべきであったのだ、の意である。
かくれが:世を逃れて隠れ住む所
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- いづくにか身を隠さまし厭ひても 憂き世に深き山なかりせ
- 次の歌
- あはれ知る涙の露ぞこぼれける 草の庵を結ぶ契りは