年経れど朽ちぬときはの言の葉を
さぞ偲ぶらん大原の里
- 歌の意味
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年はたっても朽ちることのない、常盤の家の為忠の歌を、さぞかし大原の里で偲んでいることだろう。
- 鑑賞
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雑歌 930
詞書「かへし」
前歌への西行の返歌である。年はたっても朽ちることのない、常盤の家に残された為忠の歌を、大原の里のあなたがたはさぞかし偲んでいることだろう、と詠む。前歌の「言の葉」を受け、常盤という地名に永遠に変わらない意を掛けて、父の歌が後世に残ることをたたえている。
初句「年経れど」は、年はたっても、の意である。
二句「朽ちぬときはの」の「ときは」は、地名の常盤と、永久に変わらない意の常磐とを掛けた掛詞である。
三句「言の葉を」は、歌を、の意で、前歌の「言の葉」を受けている。「葉」は「朽ち」「ときは」の縁語である。
四句「さぞ偲ぶらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、さぞかし偲んでいることだろう、の意である。
結句「大原の里」は体言止めで、寂超たちが住む大原の里で結ぶ。
ときは:地名の常盤と、永久に変わらない意の常磐を掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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もろともに散る言の葉を書くほどに やがても袖のそぼちぬるかな
- 次の歌
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家の風伝ふばかりはなけれども などか散らさぬなげの言の葉