- 歌の意味
- 水の音は寂しい庵の友なのであろうか。峰の嵐の絶え間ごとに聞こえてくる。
- 鑑賞
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雑歌 944
詞書は前の歌に続き「題しらず」
峰の嵐が途絶えるたびに聞こえてくる水の音は、寂しい庵の友なのであろうか、と詠む。嵐の音と水の音とが交互に聞こえる山の庵の寂しさのなかで、水の音に慰めを見いだしている。本巻の第九百三十六首でも嵐と水音とが重ねられていた。
初句「水の音は」は、水の音は、の意で、六音の字余りである。
二句「さびしき庵の」は、寂しい庵の、の意である。
三句「友なれや」の「や」は疑問で、友なのであろうか、の意である。ここで句切れとなる。
四句「峰の嵐の」は、峰を吹く嵐の、の意である。
結句「絶え間絶え間に」は、絶え間ごとに、の意で、倒置によって三句を受けて結ぶ。
たえま:途絶えている間
- 作者
- 西行
- 出典
- 山家集
- 前の歌
- 何となく汲むたびに澄む心かな 岩井の水に影映しつつ
- 次の歌
- 鶉伏す刈田のひつぢ生ひ出でて ほのかに照らす三日月の影